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事業やプロダクトの立ち上げとは 「探検」 のようなもの。ゼロから事業やプロダクトを立ち上げる時、何から考えるのか?必ず考えるべきことは何か?
月刊ギルドワークス3月では翔泳社の岩切晃子さんをお招きして、ご自身の「探検談」について語っていただきました。
後編では岩切さんのトークと質疑応答の内容をお伝えします。

岩切 晃子( @kohsei )さんプロフィール
株式会社翔泳社 取締役 / コンピュータ出版販売研究機構 会長
日本最大級のITエンジニアイベント「Developers Summit (通称:デブサミ)」を、第1回(2003年)より10年以上コーディネート。異種の技術領域に携わるエンジニアが一堂に会することができるオープンなイベントの開催を支えたことにより、楽天テクノロジーアワード2012ルビィ賞を受賞。
本を通じ人と人とのつながりを生み出す自宅倉庫での「箱庭ライブラリ」の運営で、地域に貢献したとして、大阪府立大からマイクロライブラリーアワード2018を受賞。
本、IT、コミュニティで社会をブーストする人を増やすために、「旅するアジャイル本箱」を開始し、日夜行脚中。
##出版社は著者の言葉を最大化する仕事
翔泳社の岩切と申します。皆様は、出版社がデジタル時代にどんな役割を担っていると思いますか?色々な答えがあるかと思いますが、多くの方は「本を売る、知識を得る、情報を得る」という答えが思い浮かんだのではないでしょうか。
私は「誰にでも、その人にしか言えない言葉がある」と思っています。例えば同じような体験をしていても、その時の年齢や場所によって表現は変わってくるし、イベントで聞こえてくる言葉と読む言葉では印象が違う。色々な言葉がある中で、本を書くほどの言葉がある人というのはすごい人なんです。
例えば、市谷さんと新井さんが書かれた『カイゼン・ジャーニー』(翔泳社刊、2017年)は1万部を超えました。もちろん世の中には上には上がありますが、やはり、1万人に読まれる言葉があるということはそうそうないと思うんです。
著者さんの言葉を1番いいパッケージにするのが編集の仕事で、それを届けるのが営業の仕事。著者さんの言葉を最大化するのが出版社の仕事なんです。
##出版社は新規事業のカタマリ
例えば、弊社は年間約180冊の書籍を作っているので、180通りの新規事業が成立しているとも言えます。そんなわけで、出版社というのは基本的に新規事業の塊なんですね。
私は26歳から翔泳社に入り、多数の新規事業に携わってきました。
駆け出しの頃は広告営業だったので、雑誌の立ち上げを3件ほどやらせていただきました。その次は、事業責任者としてOracleさんやMicrosoftさんのコミニュティサイト事務局の責任者、それから、PMP学習ソフトのプロダクトオーナーを昨年まで15年間やっていました。
また担当役員として、CodeZine、MarkeZineから始まった弊社のWebマガジン事業を応援する立場にありました。最近では『ルビィのぼうけん』(翔泳社刊、2016年)を出版したことをきっかけに、先生方向けのスターターキットを出すプロダクトチームの責任者をやってました。
役員になると自分で物を作る機会がなくなるので、趣味の一環も兼ねて、プロボノとして小さい図書館を2つやっているのと、地元、釜石や大槌の震災遺構をガイドするボランティアを細々とやっています。
##事業継続のためには新規事業は必然
ところで、なぜ新規事業をやらなければならないのか?
私が駆け出しだった広告営業時代に「今のお客さんの100%が広告出稿を継続することはまず難しい、30%ぐらいは断られる。なので、その分を見込んで50%くらいは新規を獲得し、トータルで120%くらいやるくらいの気概で回るのが正しい営業」と、先輩に言われました。その時、売上を維持発展することは新しい顧客開発を自分の行動の中に取り入れないと減っていくことを学びました。
伊勢神宮の式年遷宮をご存知でしょうか?式年遷宮は天智天皇が飛鳥時代に宣言して、その次の持統天皇の時から「20年に1回、人も国も新しい気持ちで物に向き合っていこう」という祈りを込めて始まったそうです。古代の人が国として新しいことを入れ、続けていくという制度を設計していた。それを1200年も続けていることにすごく感動したんですね。
その時、事業継続をするためには新しいことにトライすることが必然なんだ、ということを学びました。「今のままでいいじゃん」となりがちですが、自分たちの技の継承や会社や自分たちの生活を良くしていくためにも、既存のことをだけをやるのではなく、新しいことにトライすることは必然なんですね。

##いったん全部自分でやってみる
では、どんな立場で新規事業をやるか?私としては「いったん全部をやってみること」をおすすめしたいです。
私は雑誌の営業から始まり、サイトやイベントをやり、パッケージを作る、というようなことやってきましたが、そのときに自分の持ち場をはみ出して、他の担当のジャンルのまねごとをやったことで、技のバリエーションが増えたという実感があります。
また、「いったん全部やる」の例としては、Matz(まつもとゆきひろ)やライナス(Linus Benedict Torvalds)を見ていただきたいですね。彼らがオープンソースのRubyやLinuxを作った時、始めは自分ひとりでこもって作り、骨格が出来たところからコミッターを集め始めたんですね。設計も人を集めることも、コミュニティを作ることも、全部自分でやっているわけですよ。
ただ、いきなり仕事ではじめから全部やるのは大変なので、海外の1人旅を自分で手配していくとか、無料アプリを公開してみたり、30人以上のイベントを仕切ってみたり、プロボノとして他の会社にインターンとして乗り込んでみる、など、自分がメインでやっていることと違うことを体験してみる素振りを日常に取り入れておくことを提案したいです。
##何を作るか?誰と作るか?誰に届けるか?
メインでやっていることと違う立場の作り手になりたい、となった時に「何を作ったらいいんだろう」という場合もあると思います。そんな時は、誰かと話をして知恵を出し合うのが良いかと思います。「3人寄れば文殊の知恵」だと思うんですよ。または「社会的課題をITで解決する」というところで深掘りしていったら、いいんじゃないかなと思います。
ご存知の方も多いと思いますが「SDGs」は2030年までに達成すべき17個の目標を国連の会議で決めたものです。今、若い人達は社会的問題を解決することに敏感ですし、大義のもとでないと人は集まらないと思っているので、人を集めるという意味でも、こういうことに取り組んでみたらいいんじゃないかなと思っています。
作る際には「誰に届けるか」を1番大事に考えるといいと思います。例えば、新刊書籍の場合、ペルソナを設定し、それによって部数や、どの書店に何部どの棚に置いていただくかのが適切か、そのためにはキャッチコピーをどうするか?みたいなことを、編集と営業みんなで話し合います。
そして使えるフレームワークを持っておく。市場分析のために問いを立てる時や、事業のコンディションをプレゼンするときに自分で問いが浮かばない、でも何かを絞り出さなければならない時など、フレームワークを知っているか知らないかでぜんぜん違います。フレームワーク関連の書籍をパラパラ見るだけでも、素振りになると思います。
あとは仲間を集める。必要な人材を成長に合わせて投入するのは1番難しいですね。何よりお金がかかるのが人ですし、心理的安全の観点でこの人は大丈夫なのか?みたいなこともあるでしょう。人をケチると後でボディブローのように効いてくるので、皆さんなりの採用基準やルールを見つけていただきたいと思います。
ちなみに私は「素直な人」と「挨拶が元気な人」にできるだけ来てもらいたいと思っています。無口でもいいんですが、にっこり微笑んでくれる人に命を預けながら一緒にやりたいですね。

##採算分岐点を超える
プロジェクトが突然止まるという経験をされた方がいらっしゃると思いますが、私は、それを役員などから言われたくないんですよ。自分が「こういうものを作りたい」「こうやりたい」と提案したものを「やり尽くしたけど駄目だった」「自分達の会社だとここまでしか行けないね」など、プロジェクトの終わりを自分達で決めたいんですよね。
新規事業で、1番大事なのが採算分岐の超え方だと思っています。「どうなったら採算分岐を超えるか」という係数は、その時の景気の状況や、メディアやサービスごとに違うと思うんですよ。
例えば、Webマガジンの場合、何本記事が上がると、会員の方が増えて、PVも安定してきて、広告主もつくようにするには何をしたらいいか仮説の係数がありました。
新規事業は、会社が用意してくれている軍資金を使い切る前に、採算分岐が超えられるか?の攻めぎ合いだと思うんです。採算分岐を超えるためには、係数を早く見つけて、超えるための作戦をみんなで組む。仮説でたてた係数で、採算分岐越え達成できなかった時に、セカンドプランやサードプランを用意するなど、先を読んで手を打っていくことが大事です。このようなことを自分たちでできるチームをどうやって作るか?が、私のテーマでもあります。

##可能性を信じてチャレンジを続けてほしい
今のところ弊社は、年率105%〜110%の成長をしていますが、私が来た頃は、返本率が高く、「毎日こんな赤い字(返品金額のこと)、見たくない」と思いながらエクセルを眺めていました。初版時に大きな部数を書店さんに配本して売り上げを作るのではなく、書店さんごとに適正数、配本を徹底してから返品が減り始めました。それを続けていたら、編集の人達がいい企画を出してくれて、ますます返品が減り、健全に売上を上げられるようになってきたので、10万部を超えるヒットがなくても成長が出来ているのだと思ってます。
人生は思ったより長いので、せっかく生きているのなら、収益をあげるのは当然で、世の中を良くするために、自分や仲間の可能性を信じて、新規事業にチャレンジし続けていただきたいなと思っています。本で学びたいというニーズはまだまだあるし、本や本にまつわる世界で皆さんの生活や仕事を応援する!そして社会の可能性を広げたい!と思っています。
今日の話が皆様のお役に立てたら幸いです。どうもありがとうございました。

##会場からのQ&A
ーー 質問:この粒度以上だったら仮説検証が難しいみたいな、規模や抽象度の限界みたいなものはありますか?
岩切:私の今までやってきたプロジェクトですと、仮説検証が難しいということはないですね。大体の問題をみんなが分かっていると言うか、分かっていて乗り越えられるんじゃないかと思ってやっているケースが多かったです。
市谷:抽象度が高いと選択肢が沢山あるという状態になりやすいと思うんですが、どうやって方向性を決めてますか。何か基準がないと意思決定もできないし、話が進まないじゃないですか。そういう中で大事にしていることってありますか?
岩切:ストレートなものの方が世の中に届きやすいと思っていて、わかりやすいものしか作らないようにしています。パッと見てストレートのものの方が受けとりやすいんですね。例えば、ひねった本のタイトルは、かえって届かない。分かりづらいというのはターゲットがはっきりしていないか、マーケットが見えていないかのどちらかだと思うんです。
市谷:分かりにくい名前と言えば『カイゼン・ジャーニー』ですが、元々は違う名前だったじゃないですか?
岩切:『カイゼン・ジャーニー』は「いわく言いがたいハーモニーがありますよね。ひとつずつは一般的な名詞だけど、組み合わせたときに想像されるものが複雑だから、そこが逆に良かった。いいタイトルをつけたなと思います。
ーー 質問:経験の浅いメンバーだけで事業に取り組むとき、どんな注意点がありますか?
岩切:部長なのか課長なのかわからないですが、上の方達に味方になってもらって、自分たちを見守ってもらう体制を作った方がいいと思います。経験の浅いメンバーだけであえてチームを組むと言うことは、決めた人たちがチームのメンバーを信頼し、期待してくれているからこそと思うので思いっきりやったらいいと思います。
市谷:「任せました」と言って、上が絡んでこない時は?
岩切:任せてもらっていることを利用して甘えておいた方がいいと思います。採算分岐を超えなかったときの時間稼ぎとか、人を増やしてもらいたいときや、他部署への根回しなどチームメンバーだけではどうやっていいかわからないことも多いと思うんですよね。そういう時のための「大人」を確保しといた方がいいんじゃないかなと思います、社内スポンサーか投資家か相談役だと思って。

ーー 質問:共に創るために、なるべく垣根というかヒエラルキーをなくすことは必要ですが、プロジェクトオーナーや経営者が、完全にコントロールしないのも違うと思います。いい塩梅はどこにあるんでしょうか
岩切:チームのメンバーで決めて欲しい、というのは無責任と言われる局面もある気がするんですが、経営者だけで、事業の方向性を決めることをチームメンバーが選んだとしたら、それはそれでチームメンバーとして頼りない気がしますが、どう思われますか?
新規事業に限らず、採算以外の、会社の意義だったり社会への貢献も事業継続を考えるファンクションの一つだと思います。ちゃんと役員と自分たちで会話が成立していれば、よっぽど事業として筋が悪いとか、景気が極端に悪くならない限り会社は新規事業を応援すると思うのですね。だからこそ、自分たちでハンドルを握って欲しいと思っています。最終的に、事業の責任はチームのメンバーではなく承認した役員が取るべきものだからです。
もちろん私からタイムボックスを切ったこともあります。チームのコンディションによっては、自分たちでタイムボックスを切れないチームもあるでしょう。本当に成熟しているチームだと自分たちでやっていきますね。そういうチームをどれだけ作れるかというのが会社としての大事なことだと私は思います。
市谷:その通りだと思います。そのためにはどうしたらいいんでしょうか?
岩切:薩摩藩って、小さい城が113あったんですよね。地域を分けて統治する人を置き、その城単位で自立可能運営をしていたそうです。この思想がいいなと。大きな組織をまとめようとすると、1人ずつの責任が分からなくなってくるので、イキイキ働ける人数の範囲で、自立可能な形の組織を作っていく。城と言うか、固まりをたくさん作る感じです。
市谷:その固まりごとに、さっきの「作る、売る、知らせる」みたいなことをやっていく。
岩切:そうそう。そういう感じがいいんじゃないかなと思います。
ーー 時間なのでいったんこのあたりで終わります。ありがとうございました。